好きな所にお墓を建てられるワケではない


好きな所にお墓を建てられるワケではないブログ:11 11 2015


「ごま漬けに酢は入れんのかい?」
それは母の認知症を決定づけた一言だった。

お姉さんやいもうとからは、
最近母が少しおかしいと聞いていたが、
遠く離れた俺は、あまり気にもとめていなかった。

九十九里の名産であるごま漬けは、
小指程度の小さな背黒イワシを丸ごと、
頭と内臓をひとさし指でキュッと取って、
塩水に一晩、酢水に一晩つけ…

一段ずつ、きれいに並べ、
ゆず、はりしょうが、ごま、とうがらしの輪切と順番に振り、
一段、又一段と、気の遠くなるような作業を繰り返し…

そして
しばらく置くと、
お子様もお年寄りも骨ごと食べれる
イワシのごま漬けの完成となる。

母の味はどんな有名な店のものよりもおいしく、
母自身もそれをわかっていた。
だから俺が実家へ帰るからというと
必ず手土産にと作ってくれておいた。

いつ頃からか少し味がかわってきて…
ん?何かが違うという感じが、現実のものとなったのだ。
50年やってきた当たり前が、母の記憶から消えた。

たばこの自動販売機に古い500円札を入れて
入らないと泣きだしそうになったり、
お札に火をつけて燃やしてしまったり、
母の中で一体何が起きているんだろう?

親父が亡くなって七年、
独りで淋しかったんだね…ごめんね…

今はまだ、
母の中に俺達はいるんだろうか?
俺達の笑顔は母に届いているんだろうか?
俺達の想いは…

忘れんぼうになった母は
「ありがと」「ありがと」とそればかり…
もういいよ。

母のシワシワになった笑顔の中に
俺達がいつまでもいられますように…

「ありがとう」は、俺達の方だよ。


このページの先頭へ戻る